今年(2024年)6月、政府は、内閣官房が関係省庁を集めた「身元保証等高齢者サポート調整チーム」において、「高齢者等終身サポート事業者ガイドライン」(以下、ガイドライン、と略します)を策定し、公表しました。ガイドラインの目的は、いわゆる身元保証サービス事業者の「適正な事業運営を確保し、高齢者等終身サポート事業の健全な発展を推進し、利用者が安心して当該事業を利用できることに資するようにするため」に、利用者が安心して事業者を選択できる基準をチェックシートとともに示すものということです。
https://www.cao.go.jp/kodoku_koritsu/torikumi/suishinhonbu/dai2/pdf/siryou2-2.pdf
はて?「高齢者等終身サポート事業の健全な発展を推進」するのでしたか?
これまで政府・厚労省は、身寄りのない人等が、入院や入所するにあたって、身元保証人がいないことを理由に入院や入所を拒否しないように、医療関係者や福祉事業者に事務連絡を出していたはずです。
https://www.mhlw.go.jp/content/000516183.pdf
そして「身寄りがない人の入院及び医療に係る意思決定が困難な人への支援に関するガイドライン」を定めて、身元保証サービス事業者に頼らないで安心して入院ができる環境を整えることを医療機関や福祉関係機関に要請していたのではなかったのでしょうか?
https://www.mhlw.go.jp/content/000516181.pdf
たしかに日本は、急速な高齢化と核家族化の進展に伴い、高齢者の単独世帯が年々増加し、身寄りのない高齢者への支援が大きな課題になっています。身寄りのない高齢者には、配偶者や子、孫、兄弟や甥姪等の家族がいない人だけでなく、存在するが様々な事情から親族には頼れない人もおられます。こうした方々は、都市部か地方かを問わずに増えてきており、今では日本全国の課題です。
ところが、病院や介護施設等は、依然として親族がいることを前提にして、入院や入所時に身元保証を求めて続けてきたため、そうした場合に不安を抱く身寄りのない高齢者に対して、親族の代わりとして医療施設への入院時費用の連帯保証や日常生活支援を行う身元保証サービス事業者が、「すきま産業」のようにして増加してきました。
ところが身元保証サービス事業には、何らの法的規制もないため、様々な事業者が乗り出し、日本ライフ協会の倒産をはじめ、消費者被害の相談が急増する事態になっていました。
全国の消費生活センターに寄せられる相談件数は年々増加していて、国民生活センターによると、2023年度は354件で、この10年で4倍です。相談内容は、サービス内容や料金などを理解できていないまま高額の契約をしてしまったなどの「契約時のトラブル」、病院への送迎を「忙しい」などの理由で断られるなど、契約に含まれているはずのサービスの提供がなかった「サービス利用時のトラブル」、解約時に預託金などが返金されないなどの「解約時のトラブル」に大別されます。
2023年8月に総務省行政評価局が行った調査(「身元保証等高齢者サポート事業における消費者保護の推進に関する調査」結果報告書)では、事業者の実態が明らかにされました。身元保証サービスから日常生活支援、死後事務サービスまで多様なサービスを提供しているものの、事業年数が数年と浅い事業者がほとんどであり、従業員10名未満の数多くの零細事業者が近年急激に参入している状況となっていました。そして契約時の重要事項説明書を作成している事業者はわずか2割であり、利用者から預り金を受け取りながら、預り金専用の口座で管理せず自社の専用口座で管理するところがほとんどであることや、利用者が亡くなった後の財産については、寄附・遺贈を約7割の事業者が受け取っている実態も明らかになりました。そもそもこの調査では、調査対象とした412事業者のうちヒアリングに応じた88事業者を除く319事業者への書面調査に対し回答した事業者は140事業者しかなく、回答のあった事業者の実態が上記のようなものであるというのですから、未回答の事業者の実態は推して知るべしというところです。
https://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/hyouka_230807000167327.html#kekkahoukoku
こうした事態に対し、2023年8月になり、急な動きが首相官邸から発せられました。与党議員の質問に対し岸田首相が身寄りのない高齢者の問題を早急に検討すると表明し、内閣官房に関係省庁を集めた検討チームが作られ、身元保証サービス事業者への ヒアリングなどを通じてできたのが、このガイドラインなのです。
しかし、読んでいただければわかりますが、規制のための基準ではなく「~することが望ましい」とする目安を定めるだけであり、事業者としての届出もなにも想定しておらず、このガイドラインを遵守するかどうかの監督をする省庁も決まっていないというものなのです。これで上記のように総務省の調査にも応じないような業者が自らの事業体制を見直すことになるでしょうか。
(公社)成年後見センター・リーガルサポートも、このガイドラインの問題点を多面的に指摘しています。
https://legal-support.or.jp/cms/wp-content/uploads/2024/05/39aa0f0215eb242d5b26fdf546920be4-1.pdf
そもそもを振り返れってみれば、身寄りのない人が急増し、親族がいることを前提とした医療や介護・福祉、日常生活の支援が成立しないことは、もう10年以上前から実際の現場では実感されてきたことです。ケアマネジャーさんやヘルパーさんなどが、本来の職務を超えて様々な支援を行わざるをえない状態が増え、こうした事態を市町村が地域福祉として住民や医療・福祉専門職を巻き込んで対応することが求められていました。身元保証として求めていることを分析すれば、①緊急連絡先、②入院費や施設利用料の支払い、③日用品等の準備・購入、④入院計画書やケアプラン等の同意、⑤医療行為についての同意、⑥退院・退所先の確保や居室の明け渡し、⑦亡くなった際の遺体引き取りといったことであり、これを誰か一人が担うのではなく、それぞれに役割分担による体制作りを行うことが求められているわけです。
ところが、行政は、認知症施策ではない、介護保険ではない、地域福祉ではない、などと縦割りで横断的な検討が一向に進まず、そうしている間に、身元保証サービス事業者が何らの法的規制もなく進出し、これを病院や施設が必要悪として利用してきたわけです。
この課題に早くから気がついた市町村は、縦割りの弊害を排除して取り組みをしてきているところもあります。新潟県の魚沼市、愛知県の半田市などが有名ですが、ようやく最近になって、各地の市町村での動きが見えてくるようになりました。
魚沼市 https://www.city.uonuma.lg.jp/page/2112.html
松江市 https://www.shakyou-matsue.jp/chss/file/miyori-shien-guidline.pdf
国や市町村が行うべきは、こうした身元保証を求めずに安心して誰もが暮らせる地域福祉の体制作りであり、身元保証サービス事業者の適正化ではなく、ましてや健全育成などではないはずです。
ただ、各市町村や地域での体制作りには、今から動き出すことになれば時間がかかるところもありますから、その間、やむをえず身元保証サービス事業者を利用する必要な方も出てくるでしょうから、それに対してはしっかりとした法的規制と監督官庁による監督が求められると思います。
なのに、明確な基準とも言えないようなガイドラインの制定だけで、監督官庁も置かず、チェックリストを作って、あとは身寄りのない高齢者自らの判断に委ねます、というだけの今回のガイドラインの作成は、国や市町村に求められる役割を全く果たさず、「健全育成」などとして、身元保証サービス事業者の業界の要請に応えるだけのものになっているように思います。そもそも岸田首相発言を引き出した与党議員の質問はこうした業界の要請であったのかもしれません。
日弁連は、こうした政府の動きに対し、意見書を提出し、まずは地域福祉における体制作りを急ぐことが本来であり、暫定的には身元保証サービス事業者の規制も有効であるが、そのためにはしっかりとして規制とチェック体制が必要であることを提言しています。
「身寄りのない高齢者が身元保証等に頼ることなく地域で安心して安全に暮らすことのできる社会の実現を求める意見書」(2024年1月19日)
https://www.nichibenren.or.jp/document/opinion/year/2024/240119.html
厚労省は、ようやく、今年から身寄りのない人の支援を行うモデル事業を全国9カ所の市町村で実施することになりました。大阪では枚方市が予定しており注目されます。
https://www.mhlw.go.jp/content/001269759.pdf
https://www.mhlw.go.jp/content/001269760.pdf
そして、2026年の社会福祉法改正に向けた「地域共生社会の在り方検討会議」においても、この政策課題が大きな論点の一つとして掲げられ、来年夏に向けて制度化、事業化に向けた取りまとめがなされることになりました。
https://www.mhlw.go.jp/content/12000000/001273363.pdf
これらの動きが、身元保証のいらない地域社会作りへとしっかりとした方向性を示すものになることを期待します。
大阪でも、身元保証サービス事業者が、身寄りのない高齢者に契約を迫る事態が起きています。有料老人ホームやサービス付き高齢者住宅に入居するにあたって、施設から身元保証サービス事業者と契約することを条件とされ、紹介され、高齢者自身が選ぶまもなくやむをえず契約をさせられている実態も出ています。
身寄りのない高齢者の問題は、もはや誰の問題でもあります。こうした事業者に頼ることなく、地域の中で、行政と地域住民と医療介護の事業者や、法律専門職が一緒になって、安心して医療や生活を支えることができる地域作りに一刻も早く取り組むことが大切です。