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残置物の処理等に関するモデル契約条項について

 2021年6月7日、「残置物の処理等に関するモデル契約条項」(モデル契約条項)https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/content/001407753.pdfが公表されました。
 モデル契約条項は、2020年11月12日に開かれた自由民主党賃貸住宅対策議員連盟総会で、議連や業界団体から、遺留品や残置物についての取り扱い・撤去の簡素化の要請がなされたことに対し、法務省民事局から、契約条項のモデルを示すことを約束したことに端を発しています(「全国賃貸住宅新聞」同月16日付)。要するに、単身高齢者が賃貸期間中に亡くなった場合に、残置物の引き取りをするために相続人を探したり、相続人に引き取りを拒否されたりして、処分の手間や費用がかかり、次の賃借人に貸せないなどのリスク(残置物リスク)を軽減するために提唱されたのが、このモデル契約条項です。
 モデル契約条項は、賃借人が受任者との間で、賃借人が死亡したときに、賃貸借契約を解除する代理権や、残置物の廃棄や処分について指定して、その事務処理の権限を受任者に付与するという内容です。モデル契約条項を作成した国交省住宅局と法務省民事局は、モデル契約条項を利用すれば、残置物リスクへの賃貸人の不安感が払拭され、単身高齢者に賃貸住宅の提供がすすむ効果が期待されると推奨しています。
 しかし、残置物リスク回避という賃貸人側の利益を保護する一方で、賃借人やその相続人の権利利益が害されてよいのでしょうか。賃借権や室内の動産は、相続の対象となるものです。賃貸住宅契約を継続するかどうかや、室内動産をどう処分するかは、住宅の占有・使用権や動産の所有権という重要な財産権に関するものであり、賃借人(の相続人)が自由に決定すべきことです。にもかかわらず、賃貸住宅を確保したいのであれば、賃貸借契約を解除するかどうかや残置物の処分の権限を制限されることを甘受しなければならないとすれば、それはもはや任意による自己決定とはいえないでしょう。
 特に問題なのが、賃貸借契約におけるモデル契約条項です。これは、賃貸借契約の条項に、解除関係事務委任契約や残置物関係事務委託契約を締結することを盛り込み、それらの契約が賃貸借契約中に終了した場合には、同内容の契約を新たに締結するよう努めることを定めています。しかし、これでは、賃借人となろうとする単身高齢者は、これらの契約を締結して、賃貸借契約の継続や残置物の処分を委ねるか、さもなくば、賃貸借契約を締結しないかの選択を迫られることになり、自由な意思決定を侵害するものといわざるを得ません。
 また、賃貸住宅管理業者が受任者になれるとしている点も、疑問です。管理業者は、賃貸人から委託を受けて管理業務に従事しているのですから、賃借人(の相続人)と利害が相反することは明らかです。国交省・法務省は、Q&Ahttps://www.mlit.go.jp/common/001418321.pdfで、賃貸人の利益を優先することなく、委任者である賃借人(の相続人)の利益のために誠実に対応することが求められるとして、管理業者が受任者となることもただちに無効とはならないと説明しますが、賃借人(の相続人)に誠実に対応して、残置物の所有権等を保護すればするほど、残置物リスクを回避して、早期に、賃貸借契約を解除させ、残置物を撤去させたいとの賃貸人の委託の趣旨に反することになるのは必定です。国交省・法務省は、賃借人から委託を受けており、形式的には利益相反は生じないとみえる家賃債務保証業者については、滞納が長期化し保証債務の履行額が増えることから、実質的には利益相反が生じると判断して、受任者となることは避けるべきと考えており、管理業者が受任者になる場合と整合しないのではないものといわざるを得ません。
 いずれにせよ、事業者のリスク回避のために、単身高齢者の住まいの権利が犠牲にされてよいことにはならないはずです。この点の検討が十分になされないまま、見切り発車された感は否めません。

弁護士 増 田  尚

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