昨年、東京都八王子市の「滝山病院事件」が発覚し、驚くべき虐待の数々がテレビ報道やNHK特集「ルポ死亡退院~精神医療・闇の実態~」で明らかにされたことはまだ記憶に新しいところだと思います。内部告発に基づき救出に尽力されている弁護士によれば、①職員からの虐待、②違法な身体拘束、③カルテ改ざん等の日常化、④預り金の横領、⑤高額な診療報酬目当ての不要で危険な過剰診療、⑥治療能力のない患者を手当たり次第に入院させることによるネグレクトからの死亡、⑦弁護士の介入した患者に対する危害など、信じがたい実態が組織的に行われています。
近畿でも、2020年3月に神出病院事件が発覚し、おぞましい看護師らによる患者の集団虐待暴行が明らかになりました。看護師、看護助手の計6人が、重度の統合失調症や認知症の人が入院する患者7人に対して、男性患者同士でキスをさせる、男性患者の陰部にジャムを塗ってそれをほかの男性患者になめさせる、患者を全裸にして水をかける、落下防止柵付きのベッドを逆さにして患者にかぶせて監禁するなどを1年以上にわたって繰り返し、撮影した動画をラインで共有し面白がっており、準強制わいせつ、暴行、監禁などの疑いで兵庫県警に逮捕され、3人が執行猶予付きの有罪判決を、3人が実刑判決を受け確定しています。
こうした精神科病院における虐待は、昔から繰り返し発覚してきましたが、全く是正されることなく現在に至っています。報道された大きな事件だけでも、1984年宇都宮病院事件、1997年大和川病院事件、1998年国立犀潟病院事件、2000年朝倉病院事件、2001年箕面が丘病院事件、2008年貝塚中央病院事件、2015年石郷岡病院事件、2020年神出病院、兵庫県立こころの医療センター事件、2022年ふれあい沼津ホスピタル事件、2023年滝山病院事件と続いています。
ところが、2012年から施行されている障害者虐待防止法では、在宅(養護者)、施設従事者、職場(使用者)だけが通報義務と行政機関による虐待調査・対応の対象となり、精神科病院を含む医療機関は対象外とされてきました。
現在、日本の精神科病床は38万床で世界の5分の1を占め、入院患者は28万人、身体拘束は2017年時点で10年前の2倍に増加しています。違法な身体拘束が原因で死亡し訴訟となる事例も相次いでおり、先日も、神戸西区の病院が提訴されました。
こうした実態の中、2022年、ようやく精神保健福祉法が改正され、精神科病院における虐待についても通報義務を課し、通報・届出を受けた都道府県が同法の権限行使に基づき虐待認定と改善命令等の対応を行う責務を負うこととなりなり、本年4月1日から施行されます。
障害者虐待防止法同様、精神科病院の業務従事者による「虐待を受けたと思われる患者」を発見した者に通報義務を課し、速やかに都道府県に通報することとしました。精神科病院のような措置入院や医療保護入院が取られる閉鎖的空間では、内部通報がなされることが重要ですが、通報者保護や守秘義務も規定されており、通報を受ける窓口がこれをしっかり確保することが重要で す。
虐待の定義は、全て障害者虐待防止法と同様となっており、身体拘束を含む身体的虐待、心理的虐待、性的虐待、介護・世話の放置・放任(ネグレクト)、経済的虐待の5類型です。特に、正当な理由のない身体拘束が身体的虐待とされていますが、精神科病院の場合、精神保健福祉法37条1項に基づく厚労省告示130号に詳細な身体拘束の要件が定められており、病院が治療の必要性を理由に正当化する根拠にも使われ身体拘束が倍増している理由にもなっていますが、これを安易に認めることなく尊厳確保の観点から例外的なものに限るよう、厳格に判断できるかが都道府県の対応として注目されます。
虐待通報を受けた都道府県は、報告徴収等の権限に基づき(同法40条の5)、病院への様々な調査を行うことができますので、これを的確に行使して迅速な認定を行い、虐待認定がされた場合には、改善命令等の権限を行使して、虐待からの救済と病院の改善につなげるとともに、場合によっては医療の提供の停止を求めることもできます(同法40条の6)。
このような新たな規定に基づき、都道府県の指導監査権限を有する部門が、患者の権利擁護の観点から、適切な対応を取ることが期待されます。ここで気になるのは、障害者虐待防止法では、通報・届出の第一次窓口は全て市町村にあるのですが、今回は都道府県だけで市町村が通報窓口になっていないことです。身近な市町村の方が通報しやすいこと、市町村が都道府県と一緒に対応することで救済もできることがありますが、これまで精神科病院の現状を改善できてこなかった都道府県の部門だけで、今後は患者の権利擁護のために厳しく対応できるようになるのかです。この点では、本年4月からの施行に向けて昨年11月27日に出された厚労省通知で、虐待対応ケース会議の開催に外部専門家の活用することや対応方針の決定に弁護士を含む専門家の活用をうたっており、こうした外部専門家といった第三者の目を入れて、権利擁護の観点からしっかり虐待認定と改善方針を打ち出せる体制を都道府県が準備することが期待されます。
私たち弁護士は、虐待通報を積極的に行うことを促進するとともに、外部専門家として都道府県の虐待対応を人権や法的な視点から支援していくことで、精神科病院における虐待の早期発見と救済につなげていきたいと考えています。
以 上